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和田仁

「がんになった看護部長 病と向き合いながら生きる」佐野敬子著 看護の科学新社


 著者の佐野敬子さんは、私と同世代の看護師さんで、十数年間、中規模病院の看護部長として、地域の医療連携や患者の入退院支援にかかわってこられました。残念ながら佐野さんは、初版発刊(2024年4月30日)の約2ヶ月前に『この世界での使命を終えて、ひとまず旅立』(旦那さんのあとがきより引用)たれました。

 

 この本には、彼女の実体験を通じて、医療に携わる人やがん患者さんに向けた深い思いが込められています。そして、がん患者としての体験だけでなく、今後のがん医療のあり方や提言も数多く述べられています。

 また、本文には13項目のコラムが補足説明のような形で随所に示されています。


 このブログでは、書籍の中から私が特に印象に残った3つのコラムを以下に紹介したいと思います。


①『裁判における弁護士の役割を医療の場にも』(p.36のコラムより)


 佐野さんは、診察室を裁判所の法廷に例え、医師からの病状告知や治療方針の提案を「判決」と表現しています。そして、判決を下す裁判長(医師)の側ではなく、判決を受ける人(患者)に寄り添う弁護士のようなサポーターが患者側に存在することで『孤独であることを免れる』と痛感されたそうです。


 佐野さんは経験豊富な医療者でありながら、診察室での孤独が、どれほど苦痛を増やすかを実感しています。医療の知識や経験が少ない一般の方には特に、弁護士のようなサポーターが必要だと述べています。裁判のように争うわけではないですが、これからのがん医療のあり方として、このようなサポートがとても重要だと私も強く感じます。


 私がこのくりにっくを開設した大きな理由の一つでもあるからです。


②『人の言葉に救われ人の言葉に傷つく』(p.67のコラムより)


 佐野さんががん闘病中に、まわりの人から一番声をかけられたのは「無理をしないでね」という言葉だったそうです。佐野さんご本人も、看護師として相手のことを思って発してきたそうです。しかし、いざ自分がその言葉をかけられた時、『いかに無慈悲に響く場合があるかを知りました』(p.65より引用)

 逆に、治療を終えて一時的に復職した時に、声をかけられて嬉しかったのが『「おかえり」「待っていたよ」「何かあったら言ってくださいね」』(p.68より引用)だったそうです。


 また、一部のがんサバイバーの方などが使う「キャンサーギフト」という言葉にも違和感を抱いたそうです。『「がん(キャンサー)のおかげでこんなによいことがあった」と言えるほど、がんは楽天的にポジティブにとらえられるものだとはとうてい思えません。それは、他の疾病や障害も同じだと思います。ましてや他人から「がんになってよいこともあったよね」と言われたとき、苛立ちとも怒りともつかない感情が沸き起こるのを抑えきれませんでした』(p.84より引用)と記されています。

 私が診療やSNSなどで情報交換をしていても、同じことをおっしゃる方は少なくありません。当事者がご自身で「ギフト」という言葉を発するのは良いのだろうと思います(ギフトという言葉そのものが良いかどうかは別)。しかし、がん患者さんに対し医療セミナーや患者会などで安易な声掛けをしたり、不用意なポジティブ精神論をかざすのは、患者さんの心情に沿わない場合もあるため、慎重に構えることが大切でしょう。たとえ心のあり方が、がんの経過になんらかの影響を及ぼす可能性があるとしても。


 かく言う私も、がん診療において余計な一言をお伝えしてしまったことは少なからずあったと思います。謝れば済む問題ではないでしょうが、今さら感も満載ですが、申し訳ございませんでした。


③『在宅において本当に大変なのは夜間』(p.122のコラムより)


 在宅緩和ケアに移行した佐野さんは、昼間は訪問看護師さんなどのケアを受けて生活がしやすいけれど、夜はとても心細かったそうです。『もし体調が急変したらどうなるのだろう、とか、万が一に鍵をかけていない玄関から誰かが侵入したらどうしようとか、あらゆる恐怖で神経衰弱気味に』(引用)なったそうです。

 悩みや不安で夜眠れずにいる方々は多いことを指摘されています。また、NHKラジオ深夜便のキャスターを長年務めた宇田川さんの著書から、「がん闘病中に病院で眠れず、深夜のラジオを聴いている」という手紙が少なくなかったということを引用されています。


 在宅療養に移行したがん患者さんが、入院時とは比較にならないほど回復して、余命を大いに伸ばす、という話を医療の現場で耳にすることがあります。それを、佐野さんたちは『在宅マジック』と表現していたそうです。また、名の知れた医師が書いたそのような本もベストセラーになったことがあります。

 しかし、佐野さん自身の経験は違ったそうです。『思い返してみれば、在宅マジックが語られていたのはすべて高齢者だったのです。〜(中略)〜 自分で生活の糧を稼がなくてはならない現役世代が在宅に移行したとき、生活をどうするのかはとても重要な課題』(引用)と感じたそうです。



 書籍の後半では、がんだけを特別なものというイメージを持たないよう、いくつかの提案が佐野さんから挙げられていました。

 がん診療に携わる医療者として、また身内をがんで看取ったことがある家族の一人である私。人とのつながりや寄り添い、病と向き合いながらの仕事や介護、緩和ケアにおける理想と現実、などについて考えさせられる内容がたくさんありました。


 実はこの本、「地域医療連携 入退院と在宅支援」(日総研出版)連載「看護部長が患者になって見えたこと」をもとに加筆修正されたものなのだそうです。そして、著者の佐野さんにこの連載をご提案されたという日総研出版の大友浩平さん(仙台在住の知人)から、私はこの本の存在を教えていただきました。


 この本から、くりにっくの今後について、たくさんのヒントを得ることができました。佐野さん、大友さん、ありがとうございました。




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