2013年9月に「姑息照射って表現、消えてほしいな~」というタイトルのブログを書いたことがあります。
あれから10年が経ちました。
その後ですが、日本放射線腫瘍学会の用語委員会でいろいろ検討されたそうで(当時、委員だった先生に伺いました)、正式に「緩和照射」または「緩和的放射線治療」と統一されることになりました。下記のURLで、用語・略語をフリーワードで検索すると、英語では「palliative radiotherapy」、日本語では「緩和照射」または「緩和的放射線治療」と表示されます。
そして、「姑息照射」はデータがありませんと表示されます。表現として、消えました!
言葉は、言霊です。学会で公表された用語の変更を知らずにいる(すでに現役を退かれた)超ご年配の先生は止むなしとして、変更された事実を知りつつも、いまだに「姑息」と使い続ける現役の医師たちは、きっと(奥底で)姑息的な意識や見解で診療をされているのだろう。そんなふうに勝手に私は思っています。
こちらから修正を要請しても、個性派揃いのお医者さんの考え方を変えていただくというのはとても難しいです。若い頃は頑張ったこともありますが仇となることもしばしばで、50代になってからはご本人が変えようとしない限りは深入りしないことにしています。言霊、私も気をつけないと…
市民のためのがん治療の会ホームページ「がん医療の今」というコーナーに、我々放射線腫瘍医の大先輩である愛知県がんセンター中央病院名誉病院長 森田皓三先生による『緩和医療と放射線治療』というタイトルのご投稿が掲載されています。2011年、東日本大震災の年に掲載された記事です。
この記事は、以前から私がなんとなく思っていた緩和的放射線治療の難しさやあり方を文字化してくださった、いまでも私にとって読めば読むほど珠玉の文章です。森田先生の言霊を感じます。実はこの話題も以前のブログでご紹介させていただきました。
緩和的放射線治療ってとても奥が深くて難しいです。生存率をはじめとする統計学(集団の医療)が優先される標準治療の根治的放射線治療と違い、定石があるようで実はないといってもいい個別化最たる緩和的放射線治療。
もちろん、なんとなく個々で医療をすれば良いというものではありません。臨床研究を計画して統計的に有意差を出して効果を証明することは大事だし、緩和的放射線治療も国内外でいろいろなエビデンスが出てきています。特にここ数年は、新進気鋭の先生方を中心に日本の緩和的放射線治療の臨床研究が数多く報告されてきています。しかも、かなりIF(インパクトファクター)が高い海外医学雑誌に掲載されたり、世界を代表する学会のHighlights Sessionでの発表にも選ばれたりと、世界的にも評価の高い良質なデータを次々と発表しています。実は今、日本の緩和的放射線治療医学研究はアツいです。
最後にあえて、私が当時書いたブログを以下にコピペします。
『緩和ケアのことを英語でpalliative care といいます(正確には英語を和訳して、緩和ケアですか?)。
がんによる症状緩和のための放射線治療も英語ではpalliative radiotherapyといいますが、昔から日本語では姑息照射とも表現されてきました。最近は、緩和照射のほうが多くなってきているとは思いますが、Googleで検索しても姑息照射は数多く出てきますし、結構多くの放射線治療科ホームページでも普通に姑息照射と紹介されています。
ちなみに「姑息」は以下のように示されています。
《「姑」はしばらく、「息」は休むの意から》一時の間に合わせにすること。また、そのさま。一時のがれ。その場しのぎ(コトバンクより引用)
そして、文化庁ホームページの連載、言葉のQ&Aでは、『姑息の意味』と題した次のような調査結果も示されています(一部改変)。
『「あんな汚ない手を使うなんて、彼は本当に姑息な男だ。」
このような場合の「姑息」は、「ひきょうな」といった意味で使われているようです。「国語に関する世論調査」でも「姑息」を「ひきょうな」という意味だと考えている人が多いことが分かりました。
しかも、本来の意味とされる「「一時しのぎ」という意味」と答えた人は2割に届かず、本来の意味ではない「「ひきょうな」という意味」と答えた人が7割を超えるという結果だったそうです。』
本来の意味はそうでなくても、一般の感じ方はやはり悪いイメージが付きまとう言葉であることだけは確かなようです。
たしかに緩和照射というのは、原則がんを治す治療ではありません。根本的な解決をせずに、その場だけの一時しのぎをする治療だと指摘されれば、姑息照射という表現もまあ間違いではないのかもしれません。
でも、姑息って言葉、そうでなくても心身ともに辛い症状を有するがん患者さんに対して説明するのには適さないと思いませんか?
「(症状を)緩和照射しましょう」のほうがずっと優しいと思います。
残念ながら、放射線腫瘍医にも「緩和だから、時間かけないで」とお考えの方がいたりするようです。
もちろん、痛みなどで同じ体位を長時間(数分以上という意味)保つのがつらいがん患者さんが少なくないので、照射時間はなるべく短く負担なくする(=照射時間をかけない)ことが特に緩和照射においては強く求められます。でも、そういう意味ではなく「姑息なのだから、無駄な時間をかけずにささっと治療の準備を終えてね」と…
がんの治癒をめざす根治照射と違い、緩和照射は8Gyの1回とか30Gyの2週間といった少ない総線量でも効果に差がないとする臨床試験が多く報告されていて、いまのところ標準的な照射メニューとなっています。線量が少ないので、多少アバウトな治療でも副作用が出にくいケースが多く、治療計画自体の労力は少なく済むことは確かに多いかもしれません。
そういう先生たちも、きっと手を抜いていると言っているわけではないのでしょうが(?)、姑息って言葉自体がそれを(無意識に)連想してしまっているのではないかとつい勘繰ってしまいます。
逆に、予後が数週間しかなさそうな方に対して無理に1か月以上もかけて転移の「局所制御」をめざす先生もいらっしゃいます。これも時に理解に苦しむ場合があります。
今回これは深入りしないでおこ…
私のささやかな希望は姑息照射という言葉が使われなくなること。でも、がんによる苦痛の改善に大いに役立つ緩和照射はもっともっと普及してほしいと思っています。
だって、緩和ケアのことを姑息ケアなんて言わないでしょ?』
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